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東京地方裁判所 平成10年(ワ)27304号 判決

原告 A

被告 国

右代表者法務大臣 保岡興治

右指定代理人 熊谷明彦

同 中島育子

同 笠原宣

同 大串建

同 上地尚史

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

本件は、平成九年二月から府中刑務所に服役していた原告が、同刑務所長から違法に懲罰を科されたと主張して、被告に対し、国家賠償法に基づき、慰謝料として一〇万円及びこれに対する違法行為の後である平成一〇年一一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、平成八年一〇月二二日、横浜地方裁判所で監禁罪及び傷害罪により懲役二年八月の判決を受け、同判決は、同年一一月七日に確定し、原告は、同年一二月五日、横浜拘置支所から横浜刑務所に移送され、平成九年二月七日、横浜刑務所から府中刑務所に移送された。(争いがない。)

2  原告は、府中刑務所に移送された後、平成九年二月二七日から同刑務所第二区第一四工場(以下「本件工場」という。)において雑作業工等として就業していた。(争いがない。)

3  平成九年四月二四日午後三時三〇分ころ、法務事務官看守Bが、本件工場担当者と交代して本件工場の担当勤務に就いた。B看守は、午後四時から本件工場で就業している受刑者の入浴をさせる予定であったことから、午後三時三五分ころ、本件工場の作業を終了させ、受刑者に対し、本件工場内に設置されている検身場に入場するように指示した。検身場では、岩淵優看守が検身口で受刑者の検身を行い、C看守が検身を終え舎房衣に着替える受刑者の戒護に当たっていた。(乙第二、第六、第七号証、証人Bの証言)

4  B看守は、本件工場で就業している全ての受刑者が工場側出入口から検身場に入場したのを確認した後、検身場の舎房側出入口に移動し、検身を終了して舎房衣に着替えた受刑者を検身場から出し、本件工場前ホールに整列させるのと同時に、検身場で着替えている受刑者の戒護に当たっていた。

(証人Bの証言)

5  原告は、右の状況の下で検身場内で舎房衣に着替えをしていた際、B看守から規律違反行為があったとして摘発された。(争いがない。)

6  平成九年五月一二日、原告の規律違反容疑行為につき懲罰審査会が開催された。規律違反とされた行為は、原告が前記検身場内で舎房衣に着替えていた際及び検身場から出る際にB看守に対して侮辱的な言動をしたというものであったが、原告は同審査会の席上で右事実を否認した。(争いがない。)

7  府中刑務所長は、懲罰審査会の意見をもとに、平成九年五月一三日、原告が職員を侮辱する言動をし、被収容者遵守事項第二一号の「他人をひぼうし、中傷し、又は侮辱するような言動をしてはならない。」との規定に違反したとして、原告に対し、軽屏禁七日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科すことを決定し(以下「本件懲罰決定」という。)、右懲罰は執行された。(乙第一〇号証)

二  争点

(原告の主張)

原告は、検身場内で舎房衣に着替えていた際、B看守が受刑者に対して大声で「話をするな」と怒鳴ったが、ちょうどその時にB看守と目が合い、B看守から「お前だよ、長沢。」と名指しされたので、自分は話をしてない旨を着替えをしながら答えた。そうすると、B看守は、原告が笑ってもいないのに、「何ニヤニヤしているんだ。」と話を変え、原告が「ニヤニヤしているって言われても、なるべくしかめっ面しないようにと思っていますけど。」と応答したのに対し、更に注意の矛先を変えて、「いいから早く服着て出てこい。」と指示し、検身場出入口の付近に立たされた後、刑務所内の処遇部門分室に連行され、副看守長の取調べを受けた。右取調べで、原告は副看守長に事実関係を説明し、その後の取調べや懲罰審査会の席上でも、原告がB看守を侮辱するような言動をしたことがない旨を主張したが、原告の主張は容れられず、本件懲罰決定がされるに至った。

右のとおり、本件懲罰決定は、原告が職員を侮辱した行為がないのになされた違法なものであり、これにより原告は違法な懲罰の執行を受けたから、被告は、原告に対し、国家賠償法により、原告の受けた精神的損害を賠償すべきである。

(被告の主張)

B看守は、本件工場で就業しているすべての受刑者を検身場に入場させたのを確認した後、舎房側の検身場出入口に移動し、検身を終了して舎房衣に着替え終わった者を順次検身場から出し、工場前の通路に整列させる傍ら、検身場内で着替えをしている受刑者の戒護に当たっていたところ、検身立会勤務に就いていたC看守が、受刑者全体に聞こえるような大声で「話をやめて早く着替えろ。」、「静かにしろ。」などと数回注意していたが、受刑者はいったん話をやめるものの、またすぐに小声で話し始める状態であった。そこで、B看守も、大声で「話をやめろと言っているのが分からないのか。」、「時間が無いんだ。服を着たら早く出てこい。」と指示しながら検身場内を見回したところ、原告が両手を上げ、上衣を頭までかぶり、顔だけが出た状態で着替えの手を止め、他の受刑者と顔を見合わせたり、B看守の顔をニヤニヤと笑いながらじっと見ていた。原告は、B看守と目線が合うと、やっと緩慢な動作で着衣を始めたことから、B看守は、入浴時間が迫ってきていることもあり、時間厳守のため早く着替えて整列するようにという意味で、原告に対し、「お前だ長沢。笑ってないで早く着替えろ。」と注意したところ、原告は不満そうに「私は話していません。」と言い返してきたため、「いいから、ニヤニヤ笑ってないで早く着替えろ。」と再度指示したところ、原告は、わざとらしく無言で笑いながらうなずくようにして顔を数回上下させ、B看守の足下から頭まで見て「私はいつもニコニコしているんですよ。」と言葉に抑揚を付け小馬鹿にするように言い放った。

原告の右言動は、監獄法五九条、監獄法施行規則二二条二項に基づき府中刑務所長が定めた被収容者遵守事項第二一号の「他人をひぼうし、中傷し、又は侮辱するような言動をしてはならない。」に違反するものであり、規律違反行為に該当する。そして、このような規律違反行為を黙認又は放置すれば、刑務所内における規律秩序に破綻が生じかねず、職員と受刑者との信頼関係にまでも多大な影響を及ぼし、受刑者に安全で秩序ある生活や適正な作業をさせることができなくなり、施設の規律秩序の維持に重大な支障が生じることは明らかである。

そこで、府中刑務所長は、参考人の供述、原告の弁解、職員からの報告等を総合して、原告がB看守に対し前記のような侮辱的言動を行ったことを認定した上で、監獄法五九条及び六〇条に基づき、原告に対し、軽屏禁七日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科したものである。

したがって、府中刑務所長がした本件懲罰決定とこれに基づく懲罰の執行は、府中刑務所における規律秩序を維持するために必要かつ合理的なものであり、右決定と懲罰の執行には何らの違法もない。

第三争点に対する判断

一  乙第二ないし一〇号証及び証人Bの証言によれば、次の事実を認めることができる。

1  平成九年四月二四日午後三時四五分ころ、本件工場で就業していた受刑者が入浴のため作業を終了し、検身場に入って舎房衣に着替えていた際、検身場内で戒護に当たっていたC看守は、受刑者全体に対して、静かにして早く着替えを行うよう大声で注意をしたが、受刑者は注意をしたときは話をやめるが、しばらくするとまた小声で話を始めるような状態であった。

2  そこで、検身場の舎房側の出入口で戒護をしていたB看守は、着替えをしている受刑者全体に対して、話を止めて早く着替えをするように大声で注意をしながら検身場内を見回したところ、原告が着替えの手をとめ、同看守の顔をニヤニヤと笑って見ており、目が合うと緩慢な動作で着衣を始めたのを見た。

3  B看守は、原告に対し、笑っていないで早く着替えるように注意し、これに対して、原告は、自分は話をしていない旨を返答した。その返答に対し、B看守は、再度笑っていないで早く着替えるように注意したところ、原告は、無言で笑いながらうなずくようにして顔を数回上下させ、B看守の足下から頭までを見るという動作をしながら、「私は、いつもニコニコしているんですよ。」と小馬鹿にするような言い方をした。

4  B看守は、原告の右言動は職員を侮辱する行為で本件遵守事項に違反する行為であると思い、原告を処遇部門分室へ連行するため、原告に対し、早く着替えて出てくるように指示した。

5  原告は、着衣後、B看守を見つめてニヤニヤ笑いながら、検身場から出てきた。B看守は、原告に対し、先に整列している他の受刑者とは離れた場所に立つように指示し、検身場内で戒護に当たっていたC看守に対し、原告を分室へ連行するよう依頼するとともに、原告に対し、分室に連行するので入浴ができない旨を告知した。その後、C看守が原告を処遇部門分室に連行した。

6  処遇部門副看守長の栗城久は、処遇部門分室の取調室において、原告から事情を聴取したところ、原告は、いつもニコニコしているが、もともとこのような顔をしているので、職員を馬鹿にしたのではない、取調べにするのなら訴える旨を述べた。栗城副看守長は、事実関係を詳細に取り調べて規律違反行為の有無を明らかにする必要があると判断し、原告に本件規律違反行為については取調べにする旨を告知し、原告は、取調べのため第五区の独居拘禁施設に収容された。

7  処遇部門副看守長のDは、同年四月三〇日以降、本件規律違反行為の事実関係調査のため、職員や原告他数名の受刑者から事情聴取をし、参考人の受刑者一名から、原告がB看守を馬鹿にしたように笑っていた旨の供述を得て、その旨の供述調書(乙第九号証)を作成した。

8  D副看守長は、平成九年五月七日、原告の取調べを行い、原告の供述調書(乙第八号証)を作成し、原告は、同調書に署名し、指印を押捺した。

二  原告は、検身場内で舎房衣に着替えていた際、B看守が受刑者に対して大声で「話をするな」と怒鳴ったが、ちょうどその時にB看守と目が合い、B看守から「お前だよ、長沢。」と名指しされたので、自分は話をしてない旨を着替えをしながら答えたところ、B看守は、原告が笑ってもいないのに、「何ニヤニヤしているんだ。」と話を変え、原告が「ニヤニヤしているって言われても、なるべくしかめっ面しないようにと思っていますけど。」と応答したのに対し、更に注意の矛先を変えて、「いいから早く服着て出てこい。」と指示した旨主張し、原告本人尋問においてこれに沿う供述をしている。

しかし、原告の供述調書(乙第八号証)には、原告は、職員に対し「私は、いつもニコニコしているんですよ」等と返事をしたことを認め、原告としては笑いながら返事をしたつもりはなかったが、日頃からニコニコ笑っているようにしていたので、職員からすれば、注意を素直に聞いていないような態度に取れたかもしれない旨の供述記載があること、原告は、本人尋問でも、懲罰審査会において、ニコニコするようにしている旨を述べたことを認めていること(原告本人尋問調書一三〇項)、平成九年五月六日付で作成された参考人(受刑者)の供述調書(乙第九号証)には、B看守から注意された後の原告の態度につき、「私はいつもニコニコしているんですよ」と言いつつ、B看守をさも馬鹿にしたような目つきで見てニヤニヤと笑いながら検身場から出てきた旨の供述記載があることなどに照らすと、笑っていた事実はないとする原告の供述は直ちに採用することができない。

また、原告は、B看守が検身場出入口から、検身場出入口に敷かれている敷物を踏まずに検身場内部をのぞいたのであれは、顔だけが内部をのぞき込む体勢になり、原告から見るとB看守の腰から下部は完全に隠れて見えない状況になるから、顔を上下させてB看守の足下から頭までを見るようにするという状況は、物理的に不可能である旨主張する。

しかし、B看守は、検身場内を戒護していた当初は敷物を踏まないように出入口から上半身を出してのぞき込むように確認していたが(同証人調書一六ないし二二項)、受刑者全員に対して話をやめて早く着替えるように注意をしてから原告に注意するまでの間は、敷物をまたいで検身場内を見ていた旨証言しており(同証人調書二五ないし二九、四六項)、このことに照らすと、原告の右主張も直ちに採用することはできない。

三  一で認定した原告の言動は、B看守に対する侮辱的な言動と評価することができ、監獄法五九条、監獄法施行規則二二条二項に基づき府中刑務所長が定めた被収容者遵守事項第二一号の「他人をひぼうし、中傷し、又は侮辱するような言動をしてはならない。」(乙第一号証)に違反するということができる。そして、このような規律違反行為は、刑務所内における規律秩序に影響を及ぼし、これを放置すれば、刑務所内の規律秩序の維持に重大な支障が生じるおそれがあると解される。

したがって、府中刑務所長が、懲罰審査会の意見をもとに、原告がB看守に対し前記のような侮辱的言動を行ったことを認定した上で、監獄法五九条及び六〇条に基づき、原告に対し、軽屏禁七日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科することを決定し、これを執行したことは、府中刑務所長の裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法なものであるということはできず、他に本件懲罰決定及びその執行が違法であることを認めるに足りる証拠はない。

第四結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺尾洋 裁判官 野口忠彦 裁判官 山下博司)

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